昭和50年(1975)9月キャラバン隊がゆく!おはよう720で、ビューティフル・サンデー、田中星児。

恥ずかしい話、歳を取ると世界を広げる事が難しくなります。利点であるはずの経験や知識が仇となり、無知という不安が知らない世界へ向かおうとする心の扉を閉ざしてしまいます。ですが、子供の頃はそんな知らない世界が、自分の意志とは関係無く接してきますよね。時にオドオドしたり、ワクワクしたものです。
 
小学校から中学校に進学すると、世界は変わります。町内から校区へ。親としか行ったことがない見知らぬ隣町から、今まで接した事のない個性や容姿を持った子供が集まってきます。小学校の頃とは勝手が違う中学と言う世界を知って、最初はドキドキしながら楽しい中学生活を送ることになっていきます。
 
1975年(昭和50年)9月。TBS系列テレビで、朝の情報番組「おはよう720」スタート。
番組のコーナーである「キャラバンII」では、リスボンから東京70,000kmと題して、車に乗り、ユーラシア大陸を横断する企画が放送されていました。授業で習う世界史や世界地理に出てくるような風景写真やデータではなく、レポーターと現地の人々が直に触れあう「生の世界」がそこにありました。
 
@④インターネットの無い時代です。
自分が生きているこの瞬間に、世界の人々が、同じように生活している事をまざまざと知りました。@
 
番組「おはよう720」が始まる3年前、1972年に発売され、瞬く間に世界のチャートを駆け巡った曲があります。
イギリス人、ダニエル・ブーンが作詞作曲したこの歌を、当時の日本人は知るよしもありません。世界の果てで生まれた一曲をリアルタイムに知る術は当時にありません。知らぬ世界の事でした(汗)
 
リスボンから出発したキャラバン隊は、冷戦の象徴と言われた分裂時代の東西ドイツに入ります。この頃から流れ始めたのが、そう…「ビューティフル・サンデー」です。
 
ハイウェイを快走する時、悪路を走る時…。当時の世界経済情勢からみて、貧しい身なりの子供たちが遊んでいるバックで、「ビューティフル・サンデー」が流れていました。例え貧しそうに見えても、笑う子供たちの笑顔は朝の光のようにキラキラと輝いて、心の裕福さを感じていました。
 
…さわやかな日曜 降りそそぐ太陽
…ヘイヘイヘイ イツア ビューティフル・デー
…出かけよう彼方(かなた)へ 歌おう高らかに
…ヘイヘイヘイ イツア ビューティフル・デー

 
小学校から中学校へ。知らない世界へ踏み込んだ不安もなんのその。ちょっと脳天気で弾けた感じの曲ですが、世界を知る事は決して恥ずかしい事じゃない。もっと肩の力を抜いて行こうよ!!きっと素晴らしい サンデーが待ってるよ。
と、教えてくれているようです。
 
更に番組のエンディングで、見城美枝子さんや田中星児さんが満面の笑顔でブラウン管から手を振り、こう背中を押してくれました。
 
@⑦「今日もお元気で、いってらっしゃい!」と。@

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